何にもない昼下がり。

ティトレイが新しい料理なんかを作らなければそうなるはずだった・・・。




天才料理人(?)ティトレイ様の今回のお客様は・・・・・・・・・ホーリィ・ドールの












、新しいケーキ作ってみたんだけどちょっと味見してくれないか?」
「・・・毒味の間違いだろ?」


はティトレイの持っているケーキを見て一言サラリと言った。
アニーは傍らで彼女の発言を聞いていたが、それを「酷い」とは一切思わなかった。


アニー自身もティトレイの作った料理で酷い目にあったことがあるからだ。


『バクショウダケ』・・・思い出すだけでもゾッとする。




「そんなこと言うなよ〜。そりゃたまの失敗はあるけどよ、普段の料理は美味いだろ?」
「コレは『普段の料理』ではないだろ?」

はもっともな事を言っているが、ティトレイは引き下がらない。
どうしても彼女に食べてもらいたいらしい。



一向に味見してくれる気配のないを見て、「こうなったら・・・」とティトレイは心の中で呟いた。




「・・・、実はこのケーキはブランデーケーキでさ、酒が入ってるんだ」
「だからどうした?」
「サレって酒が好きなんだろう?」

ピクリとの表情が若干変化した。
それを見逃さず、手応えありだとティトレイは確信する。


「このケーキ味見してくれたらレシピ教えてやるよ。それ作ってサレに食べてもらいたいと思わねーか?」
「サレ様に・・・ブランデーケーキ・・・」



サレに弱いのことだ。サレがブランデーケーキを食べて喜んでくれるのだったら。
と考えてしまうのも時間の問題だった。



「サレ様・・・ブランデーケーキ・・・」とブツブツ呟いていたはやがてフーっと長いため息をつくと、言った。



「・・・・・・わかった、食べてやる。・・・ちゃんとレシピ教えろよ?」
「もっちろんだぜ!じゃあ早速・・・」



ティトレイは再びの眼前にずいっとブランデーケーキを差し出した。
は未だ躊躇っているのかケーキへと伸ばすがその手の動きは遅く、痺れているかのように指先がピクピクと動いている。

傍らのアニーも心配そうにとケーキの両方を交互に見守った。



指先がケーキに触れると意を決したのか、ケーキを崩さないようにそっと持ち上げてそれを口に運んだ。
口に含めなかった分をティトレイの持つ皿に戻して、もぐもぐもぐと無言で口を動かす。

数回口を動かしていたはゴクリと飲み込んだ。




「どうだ?美味いだろ」
「・・・・・・・・・」


は黙っていたが、右手で顔を隠すように覆うと数歩よろけ、ゆっくりと後ろに倒れた。


ギョッとしてティトレイとアニーが彼女に駆け寄る。




「おい!どうしたんだよ!?」

ティトレイが皿を足元に置いてを抱き起こす。
彼女は頬を赤くして起きる気配がない。



アニーはティトレイの置いた皿に乗っているケーキを一摘みすると恐る恐る口に運んだ。
瞬間、アニーは「んぐぅっ!」と普段の彼女なら絶対出さないようなスゴイ声を出した。


「・・・ティトレイさん。このケーキ、ブランデーが利き過ぎてます・・・」
「え、そうか?」

ティトレイは首を傾げた。
・・・どうやら本人は味見をしていなかったらしい。


アニーがため息をつく。


「つまんで食べた私がこういうんですから、さんは相当きつかったと思いますよ・・・」


アニーは言うと、ティトレイと一緒に倒れたの顔を覗き込んだ。






































「・・・アンタ何で一番最初に自分で味見しないのよ」

ヒルダはティトレイの話を聞いてため息を吐く。


「結構自信あったからな〜。とりあえずに食べてもらいたくて・・・」
「ヴェイグすっごく怒ってたよ。こーやって眉間にしわ寄せて、『に何かあったらどうするんだ、アホティトレイ』ってさ」

マオがヴェイグの言葉と表情(?)を真似て代弁する。


声変わり前の声を無理矢理低くしてヴェイグの声マネをしているのでそれ自体に迫力はないが、それは本当は全てヴェイグが言っていた言葉だ。
ヴェイグが実際にマオのような状態になって言っていたのだったら・・・相当ご立腹なのだろう。


想像すればするほどティトレイの背筋は凍る。


「・・・ん?そーいやヴェイグは今何してんだ?」
「氷のフォルスでさんの看病です」
「二日酔いにならなきゃイイケドね」


もう一度、ヒルダがため息を吐いた。
































「・・・アホティトレイめ。味見ぐらい自分でしろ」

ヴェイグは、ティトレイ作のブランデーケーキによって潰れたの額に手を当てていた。
額に触れる手からフォルスで冷気を出して、少しでもの酔いを醒ましてやりたかったからだ。


「・・・お前も、サレの為だけにこんなことをしなくてもイイのに・・・馬鹿だな」


フッとヴェイグが苦笑すると同時に、「うぅ・・・」と辛そうにが唸った。
起きたのかと思いヴェイグが呼びかければ、はゆっくりと瞳を開いた。


、大丈夫か?・・・起き上がれるか?」
「・・・・・・・・・」


ヴェイグが訊ねるが、答えることなく彼女は緩慢な動作で起き上がる。
酔いが醒めていないのか頬を赤くして虚ろな瞳でヴェイグを見つめた。


・・・ただ瞳を彼の方へ向けているだけで、実際は見ていないのかもしれない。





普段と違う様子に躊躇っているヴェイグを、は今度こそしっかりと確認した。








・・・・・・そして喜劇は起こった。














「・・・ヴェイグぅっ!!」
「っ!!!?」


は目の前にいる人物を『ヴェイグ』と確認すると、がばっと勢いよく飛びついた。
その姿は出かけた飼い主をずっと待っていた犬の様でもあったし、獲物に飛び掛った猛獣の様でもあった・・・。



ヴェイグはといえば、突然に飛びつかれて驚く時間も与えられず後ろに倒れた。
ゴンっと思い切り背中を打ち付けたが、飛びついた彼女を落とすまいと慌てて彼女の背中に手を回す。




「ヴェイグ〜ヴェイグ〜♪」
「・・・?酔ってるのか・・・?」


ギュウとヴェイグの首を絞めてしまうのではと思えるぐらいにきつく腕を回して、
は彼の上で実に楽しそうにその名を呼んでいる。




・・・普段の彼女なら絶対にありえない事が、自分の上で起きている。






戸惑うヴェイグを置いてけぼりにして、徐には彼の長い三つ編みを掴む。
まるで猫じゃらしでも振るように左右にそれをパタパタと振った。

左右に揺れる銀の三つ編みを眺め、彼女は赤く染まった頬のまま、楽しそうに微笑んでいる。
普段の無表情な彼女には絶対にない表情を目の前で見て、思わずヴェイグは顔を赤くする。



は一通り子供のように(ヴェイグの上で)はしゃいでいたが急にテンションが下がった。




「・・・・・・・・・?どうした?」

黙り込んだを心配しヴェイグが顔を覗き込む。
覗き込んだ顔を見て、また驚いた。


たった今まで自分の名前を呼んで楽しそうにしていた彼女の姿が何処にもない。
紅色の瞳に大粒の涙をじわじわと覆わせていて、今すぐにでも泣き出しそうだった。



「なっ!?・・・・・・ぁ・・・・・・?」
「・・・・・・・・・・・・サレ様」














・・・・・・・・・・・・え?









「サレ様ぁっ!サレ様は!?サレ様は何処にいらっしゃるんだ!?サレ様ぁぁぁっ!!」
!?今度は泣き上戸か!?落ちつけっ!ー――――っ!!」


突然違うタイプの酔っ払いになったを何とか落ちつかせようとヴェイグは起き上がって必死に呼びかける。
しかし酔っ払いの耳に説得・・・ではなく、馬の耳に念仏状態で何も意味を為さない。


は泣きながらずっとサレの名を呼び続ける。
今この場にいるのはサレではなく自分なのにとヴェイグが軽く不機嫌になっているのも知らずに。



「サレ様・・・サレ様ぁ・・・!」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・置いて行かないで・・・ください・・・」
「・・・!」


寂しそうには呟いた。
その感情は酔いで目覚めたような薄い感情ではないだろう。




彼女が酔っていたからこそ出てきた『本音』である。




その本音を聞いてヴェイグは思い切りを抱きしめた。

バビログラードでの暴走を止めた時のように。
でもその時とは腕に込める力も比ではなくて、もっともっと強くて。


・・・先程の首を絞めてきたに負けないくらいの力で。



「・・・置いて行かない。傍にいる。大丈夫だ」
「・・・・・・ぇ・・・あ・・・」
「ずっと寂しかったんだな・・・サレに裏切られてから・・・ずっと・・・・・・・・・もう大丈夫だ。俺達が、俺が傍にいるから」

グッと更に腕に力を込めた。




「言っただろ?お前は独りじゃないと。・・・だからもう泣くな」


ヴェイグは大人しくなったに安堵の息を吐いていたが、
躊躇いがちに自分の背中に手を回されて、緊張で息が詰まった。


「・・・・・・ヴェ、イグ・・・ヴェイグ・・・・・・・・・ヴェイグ」


居ることを確かめるようにが何度もヴェイグを呼ぶ。
ヴェイグは子供をあやす様に彼女の頭をポンポンと優しく叩いて応える。




「・・・大丈夫だ。俺はココに居る。お前を置いてったりしない」
「ありが・・・とう・・・ヴェイグ・・・」


礼を言われ、密かにヴェイグは苦笑した。
抱え直そうと思い腕を動かそうとすると、が抵抗する様にモゾモゾと動いた。





「・・・?・・・どうした、
「・・・・・・・・・・・・吐きそうだ」
「っ!!?」





















































「・・・、昨日の事覚えているか?」


翌日、すっきり二日酔いもなく回復したにヴェイグは訊ねる。


「え?いや。ティトレイが作ったケーキを喰えとしつこく言っていたまでは覚えているんだが・・・後は何も・・・・・・何かあったのか?」
「・・・いや、覚えていないなら・・・それはそれで・・・」

ヴェイグの言葉には首を傾げた。




・・・ヴェイグはの「吐きそう」発言から先の出来事はきっと墓場まで一人で持っていくだろう。



どうなったか知っているのは彼女の『傍に居た』ヴェイグだけである。












天災料理人 ティトレイ様はお客様の本音を引き出す事が出来る天才料理人でしたとさ。


2300番小鳥さんリクエスト「夢主が酒に酔い、ヴェイグに甘えてしまう」
それ来た酔っ払いネタ。私は酔っ払い大好きです。
笑い上戸限定だけどね。泣き上戸の人は対処が分からん。

夢主にどうやって酒を飲ませようか・・・と考えてたんですが、
トラブルメイカーのティトレイ様を利用すればあ〜ら簡単。
でもブランデーケーキ程度でココまで酔うかな・・・フツー(汗)
夢主、結構甘えたと思うのだけれど・・・ドドド・・・どうでしょうかねぇ・・・?

小鳥さん、リクエストありがとうございました。